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二度目の『風立ちぬ』 - フェミニズムとか愛国心とか

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  二度目のアニメ『風立ちぬ』を観てきたので、感想のツイートのまとめと追記。




  昨晩、二度目の『風立ちぬ』を何度も居眠りしながら観てきたけど、やっぱりよかったな。動く動く。これだけ動くアニメーションは本当に珍しくて動き方も珍しくて、音響効果とかも実験的だったりして娯楽的にアニメとして優れていながら批評的にメタに、アニメーションというものを意識させる。


  ストーリーはマチズモ(男性優位主義)的で、他にもジブリ≒宮崎駿らしくない作品だからお話的には絶賛できないしおススメもしずらいけど。フェミニズムさがほとんどないのは、戦前という時代の史実を基にしたから当然なんだろう。


  それでも、例えば戦時中を生き抜く女性というテーマで作って『風の谷のナウシカ』的なフェミニズムを際立たせることは可能だったわけだけど。それをやらず、思い切りマッチョ主義的「俺についてこい」式のストーリーを宮崎駿が作ったのはぼくとしては凄く意外で、そこら辺で『風立ちぬ』はジブリアニメとしても宮崎駿作品としても例外的な作品思える。


  飛行機を描いて、ミリタリーオタクさを露出させたという意味では『風立ちぬ』と『紅の豚』は近い。でも、『紅の豚』でさえヒロインの片割れであるフィオがポルコと共に飛行機に乗り込むわけだから、『ナウシカ』的女性の自立性がある。この場合、女性の自立というよりは男女の共棲という感じだが。


  零戦が飛び立っていく姿は美しいんだよね。なんかそこだけでも、愛国主義映画、戦争肯定映画のように思える。ここまで今までの作家性から外れたものを作ると、戦時中の戦意高揚のためのプロパガンダ映画を政府から命令されて作らされた、みたいに思えなくもない。


  百田尚樹さんの『永遠のゼロ』もそうだけど、昨日観ていてやっぱり零戦に日本人は惹かれるものであって、それは自分も同じなのかなと思ってしまった。「美しい」というやつだ。その戦闘機その姿だけでなく、パイロット、時代背景すべて含めて、美しいと感じてしまう。駿にまんまと乗せられた感……。


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  上に書いた『風立ちぬ』がプロパガンダ映画だ、というのはぼくの意見としては冗談だけど、真実のところはわからない。ジブリアニメほど規模の大きい国民的なものであれば、政府側が介入してきてもおかしくないとはおもう。


  しかし真実のところはどうあれ、『風立ちぬ』のキャラクター堀越二郎と宮崎駿は似ている。どちらも、仕事でありながら自分が大好きという意味で趣味みたいに天才的な才能を発揮して、堀越二郎は戦争で活躍した零戦を作り、宮崎駿は『風立ちぬ』のような大作アニメを作る。


  そして、その作品はどちらも戦争の道具とか愛国心的な意味で国の代表みたいな道具になってしまう。それを作るのが楽しくてやっている面が強いしすぐれた作品なのだけれど、人殺しの道具でもある、という矛盾性が二人の人間に含まれている。そのキャラクターと作者が入れ子構造になっている部分も、作品から外には出てしまうが面白い部分だ。




  本作に喫煙シーンが多いことに、日本禁煙学会という組織からクレームがあったらしい。まあ、ぼくはタバコは嫌いだし嫌煙家であるわけだが、この映画での喫煙シーンはあまり気にならなかったな。


  それは、宮崎駿自身がヘビースモーカーと知っていることと、戦前ではあれだけパカスカとタバコ吸うのが普通なのかな?と思っているからだろう。嫌いだけど、タバコ吸ってるのは美味そうに見えてしまうし、煙が表現として良い感じだし。


  ただまあ、結核で寝込んでる妻の菜穂子のそばで吸ってしまう二郎はちょっとまずいんじゃないか、と思うが。そこらへんも含めて愛なんだろう。これは。そういう映画だろう。




「後藤芝生(@sibafu_gokyo)-2013年08月13日 - Twilog」




■リンク
「『風立ちぬ』を観た - sibafutukuri」(2013.8.13)

「映画「風立ちぬ」に対して日本禁煙学会が苦言(GIGAZINE) - エンタメ - livedoor ニュース」