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【解説】『Far Cry5』 3つのエンディングの意味とは - ファークライ5【ネタバレ】

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『ファークライ5』の3つのエンディングの解説・考察

※この記事にはネタバレが含まれています

Far Cry5』(ファークライ)のキャンペーン(ストーリーモード)をクリアしました。

噂には聞いていましたが、謎の多いエンディングでした。

しかも、『Far Cry5』には3つのエンディングがあります。

 

1.最後に教会に行きファーザーに抵抗するエンド

2.最後に教会に行きファーザーから立ち去るエンド

3.始めの教会のシーンでファーザーに手錠をかけないエンド

 

3つあるにもかかわらず、どれもハッピーエンドと言えるようなエンディングにならないのが不満の募るところではありますが。

この3つのエンディングの紹介と解説・考察をしようと思います。

 

目次

 

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1.抵抗するエンド - 核による世界崩壊

「抵抗する」を選ぶとファーザーが祝福の液体をぶちまけます。

その後、スペシャリストや保安官たち仲間が操られて自分を攻撃してきます。

仲間を一度倒してから蘇生させる必要があります。

ファーザーを攻撃しつつ、全12人を蘇生させて最後にファーザーを倒してエンディングです。

 

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ちなみに、『Far Cry5』のジャケットのイラストにもなっている元ネタの絵画「最後の晩餐」に描かれている人物は13人です。

イエスとその弟子が12人。

最後の戦いで仲間たちに自分を入れれば13人になります。

カルト宗教の教祖と思っていたファーザーに対峙している自分が、ある意味カルト宗教の教祖になっていた、みたいな構図とも捉えることができます。

自分はヒーローなのか、ファーザーは教祖なのか、自分が教祖なのか。

 

戦闘のあと、アメリカに核爆弾が落とされて爆発や炎に追われながらもダッチのバンカー(シェルター)に逃げます。

意識を失った後に目覚めると、「アメイジンググレース」の口笛を吹いているファーザーと二人きりになっています。

側にはおそらくファーザーに始末されたダッチの遺体。

 

「私が正しかった」

「崩壊が訪れた」

「もう君だけが私の家族だ」

「君と私でエデンズ・ゲートへと歩もう」

 

以上のファーザーの言葉がゲームの最後で、その後エンドロールに入ります。

 

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背後に映っていた爆発は肉眼で見えていたほどなので、割と近くのように見えます。

ただ、核爆弾が一発だけ落とされたとは限らないので、アメリカの複数の箇所に落とされた可能性があります。

ゲーム内のラジオのニュースで、アメリカと北朝鮮の間で戦争が勃発しそうだという内容が報道されています。

エンディングの後は、核を撃ってきた北朝鮮にアメリカが反抗して核を撃ち、世界中を巻き込む核戦争になるのではないかと思います。

 

そうだとしたら、世界の崩壊が訪れることを説き、バンカーを建設したり人員や物資を集めていたファーザーの言っていたことは正しかった、と言えます。

それが偶然なのかファーザーが仕組んだことかはわかりませんが。

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2017年の日本でも、北朝鮮からのミサイルに怯えている日々がありました。

2018年の4月上旬の時点ではその騒ぎも少し落ち着いていますが。

あの頃、終末思想を説くイカレタカルト信者の教祖が出てきて、街を支配してしかも本当にミサイルを落とされたら、みたいな出来事がこの『Far Cry5』のエデンズ・ゲートとファーザーです。

 

核攻撃自体が「ルーキー」の幻覚だった、という可能性もなくはないです。 

直前にファーザーが祝福の液体を辺りにぶちまけていることもあって。 

ただ、ダッチのバンカーで緊急放送が流れているあたりのリアリティが、「妄想でした」と済ませるには整合性が取れず雑な演出になってしまうように思います。

核攻撃が幻覚であればまだ救いはありますが、その可能性は低いと思います。

 

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2.立ち去るエンド - 洗脳虐殺

「立ち去る」を選択すると、保安官3人と一緒に車で教会を離れます。

しかし、途中で上司の保安官がラジオをつけると「オンリーユー」が流れて洗脳状態なもやもやした映像になります。

そこで映像が途切れて、エンドロールへ。

 

エンドロール直前の状態はジェイコブによる幻想を見せられている状態に近いです。

このことから、イーライに手を下してしまったように、ルーキーは仲間たちも始末してしまった可能性が高いです。

 

どこからどこまでが幻想なのか分からず判断がつきづらく、現実の出来事の区別もつかなくなります。

上司の保安官がラジオをつけたのは偶然だったのか、たまたま「オンリーユー」が流れたのか、ルーキーには「オンリーユー」に聞こえただけだったのか。

いまいちその辺りははっきりわからないです。

 

バッドエンドであることには間違いないです。

ただ、「立ち去る」を選んだからといって核爆弾が落ちてこない、というのは不自然だと思います。

エンドロール直前からしばらくしたら、結局核爆弾が落ちてくるのかもしれないです。

そうでないとしたら、ファーザーの意思が核爆弾を落としていることになります。

電話で「核落としてよ」と誰かに連絡しているのか、超能力で核爆弾を降らせているのかは知りませんが。

 

 

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3.手錠をかけないエンド - 唯一のハッピーエンド?

最初の教会のシーンでファーザーに手錠をかけないと、そのまますぐにエンドロールに入ります。

手錠をかけろと言われた後に、数分間放置することでこのエンディングのルートに入ります。

 

暴力も悲しみも核爆弾もない、そういう一番呆気ないエンディング。

でも、実は一番ハッピーエンドのように見えます。

ゲーム外の出来事として、その後に州兵を引き連れて教会に乗り込んで、やっぱり核爆弾が落ちてくる、っていうことは十分ありえますが。

 

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『Far Cry5』に関しては、ファーザーたちや上司の保安官などが常々言っているように、「時には関わらないほうがいいこともある」という事なかれ主義の精神が全面的に正しかったと言えます。

ストーリーのあるゲームを作っておいて、一番いいエンディングが30分以内で終わるエンディングというのはどうかしていますが、『Far Cry5』は全面的にプレイヤーを皮肉でからかっているようなところがあります。

 

「どう足掻いても結果は同じだ」、というメッセージ性のある作品もあるとおもいますが、『Far Cry5』はそうというよりは、「お前が始めなければ(関わらなければ)こうはならなかった」、「お前が選んだからこうなった」というメッセージ性が強いです。

 

その、関わらなければ世界は崩壊しなかった、という主張として逆説的に象徴的になっているのがこの手錠をかけないエンドです。

 

こういったシニカルなストーリーは、ヒーローへの憧れや英雄思想への批判のような意味合いもありそうです。

これはFPSというより、「アベンジャーズ」などのアメコミ系ヒーロー映画が流行っていることへのアンチテーゼでもあるかもしれないですね。

しかし、『Far Cry5』のストーリーやシナリオ面ではあまりクオリティが高いとはいえないので、どちらかというと10代の少年が抱く反骨精神みたいな小さいものにしか見えないことが多いですが。

批判や皮肉の対象が世界というより、少年心を忘れられないゲームプレイヤーたちに向けられているように感じます。

 

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メタフィクションかつシニカルなファーザーたちのセリフ

ファーザーや他の兄妹たちのセリフには、メタフィクションかつシニカルなセリフが多いです。

 

【 フェイス】

「まだ理解してないのね 自分が何をやってるのか」

「ジョセフは救世主かもしれない でも全てを決めるのはあなたなのよ 始まりも終わりも」

「こうなることは決まってた」

「あなたが暴力以外に言葉を持たないなら、私も使うわ」

「英雄になりたいの?」

 

【ジェイコブ】

「お前は英雄ではない 道具なんだ わかっていただろう? 最初からそのはずだ」

「お前だけがたどり着けた」

「お前だからできた」

「だが、今や弱者だ」

「自由だと思ったか?」

 

【ファーザー(ジョセフ)】

「全ての選択が罪を明らかにする」

「多くの人が死んだ、君のせいだ」

「世界が止められないのも君のせいだ」

「満足したか?」

「いつになったら、銃で解決できないこともあると理解する?」

「君には最初に、立ち去る選択を与えた」

「君は自尊心を満たすためなら、世界すら犠牲にする」

「だがもう君だけが私の家族だ」

 

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フェイスの「あなたが暴力意外に言葉を持たないなら、私も使うわ」や ファーザーの「いつになったら、銃で解決できないこともあると理解する?」などは、銃で撃ち合うFPSばかりをプレイしている世界中のゲーマーを皮肉っているように聞こえます。

リアル視点から見れば、武装して他国を攻撃し合う国家間の戦争を批判しているようにも聞こえます。

 

フェイスの「こうなることは決まってた」、ジェイコブの「お前だけがたどり着けた」、「お前だからできた」は、ゲームという枠組みの中で主人公=操作キャラである自分だからこそ、ストーリーのある部分に到達できたという意味に取れます。

 

最もプレイヤーの怒りを煽っていると思えるセリフはロード画面にあるジェイコブの「自由だと思ったか?」(捕まった時に言っている)とファーザーの「満足したか?」です。

ストーリーやサイドミッションをこなしているだけでRP(レジスタンスポイント)が溜まり、イベントが勝手に起きて、ミッションによっては勝手に消失する。

そういうオープンワールドでありながらプレイヤーの「自由」を操作して阻害するゲーム性の『Far Cry5』の中で、「自由だと思ったか?」というセリフはなかなか挑発的です。

また、最後のイベントで発せられるファーザーの「満足したか?」は選択肢が与えられているにもかかわらずバッドエンドにしかならないこのゲームにおいて、プレイヤーには不満があることが分かりつつも煽っているように聞こえます。

 

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さいごに

「ファークライ」シリーズのほかの作品は未プレイですが、いつもこういう消化不良なエンディングあるいはストーリーみたいですね。

『Far Cry5』は総合的には楽しめたので満足しているのですが、ここまでプレイヤーをおちょくってきて、時には本気でイラつかせるゲームは珍しいですね。

メタ的なセリフにユーモアを感じられるので、そういうセンスを好意的に受け止められる部分もありますが。

ムービーの映像の完成度としては映画みたいなゲームでありながら、やっぱりゲーム(FPS)ならではの演出があるのは評価できます。

 

 

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