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続おせんべい 相対性理論はこのように邪道である

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  2009-10-12の「おせんべい」で、日本のバンドである相対性理論を「おせんべい詰め合わせパックにまぎれた『かりんとう』」と表現したのは、このバンドに嫌悪と一種の妬みの感情を抱いたからだ。
  一言で言えば、この類の「音楽」は「邪道」だ。正直な感想として、楽曲が素晴らしい。代表曲と言える「LOVEずっきゅん」に於いてはベースが酷くかっこよく聴こえるのだ。その他の曲も、楽曲だけにはセンスの良さを認めざるを得ない。
  このバンドは今となっては知名度も上がっているようだし、所々で名前を聞くくらいなのではあるが、いくら楽曲が良くとも、それだけの理由だけではこれほどまでに知名度のあるバンドにとはならなかっただろう。しかし、こういうセンスの良い楽曲を持った音楽が大衆に受容される状況は、少なくとも他に蔓延る音楽と比較すると、喜ばしいことだ。

  では、なぜ「邪道」と言うのか。その理由は大きく分けて二つある。一つは、猫が餌を欲する時に出す音の様な女性ボーカルの声と、それから発せられる、あざとい癖の強いナンセンスを狙ったナンセンスな歌詞だ。次に、バンド名からしてそうであるように、周知の用語を聞きかじっただけであろうにも関わらず、バンド名から題名や歌詞に及ぶまでに、引用をしていることだ。
  この二つが、私を不快にさせることと「邪道」と言わしめる要因だ。特に、知名度がありそれでいて演奏能力が長けているからこそ、その不快感は募る。
  普段はチャラけていて、茶髪であったり服装をだらしなくしているような者が、珍しく精を出し結果を残したことで、周囲の者からちやほやされるように。そういったギャップによる錯覚あるいは誇大効果が、このバンドにはあるだろう。それを開き直ったかのように、あけすけにやっている。私は、それをあさましく、あざといとそう感じるのだ。
  それに加えて、GOINGSTEADYや銀杏BOYZと似た、中二病臭さを感じるのだ。相対性理論は演奏はマシだという点で評価できるが。
  だから、相対性理論は楽曲に関してはもちろん倉木麻衣の何倍にも聴く価値があるのだが、音響(音楽)的価値としてはもはやそれよりも遥かに下賤だ。相対性理論には「邪道」と評価を下さざるを得ない。

  我々は赤ん坊とか豚とかみたいな家畜ではない。いや、赤ん坊にも家畜にも飯や餌を選ぶ権利はある。では、相対性理論に本心から狂信するような者たちは、耳なしの家畜(音楽的家畜)とでも言えよう。私は、彼らに対して「耳を持て」と言いたい。
  「家畜に神はいない」、という言葉がある。従って、相対性理論もまた「神」には成りえない。つまり、音楽でも音響でもない。私はその二つとして相対性理論を認めない。邪教(邪響、邪楽)として定める。
  私はこの機に、君らの顔面の両横に着いているその耳たちは、偉い人が指示するからということで取り付けた飾りか何かなのかしら、と問いたい。

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