sibafutukuri

ゲームの攻略情報・感想、音響系音楽、文学、アニメ、映画などについて書こうかなとおもっています。

vaa

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  SoundCloudにアップした「vaa」は、左右の音のバランスがおかしくて気持ち悪いけどたまに面白くもある。気持ち悪いだけだったら失敗作ということになっちゃう。 http://soundcloud.com/sibafu/vaa

(http://twitter.com/#!/sibafu_gokyo/status/96300037352591360、自分のツイートより)




  この「vaa」は思ったよりも見事に「音響系」という印象を受ける。「音響」とか「音響系」ってよくわかんないから、ぼくは勝手に解釈して定義して使ったりしているけれども、その定義も忘れて言葉「音響」がひとり歩きしているような気がする。


  まぁ、とにかくヘッドフォンでも聴いて、特にスピーカーで聴いていてこれぞ「音響系」だなーとぼくはおもった。


  空間系と言っても間違いなはないだろうが、いろんなところで空間系と使われているようなのでこれもまた誤解を生じてしまうかもしれない。空間系も音響系も、おなじくらい曖昧で抽象的で掴みにくい言葉だ。


  まぁ、説明する必要はたぶんない。読者が説明を聴く必要もたぶんない。これはぜんぶ蛇足だ。知りたければ、音響系と称している人の与えている音源を聴けばいいのだろう。ひとつで判断はできないだろうから、たくさん聴いてみて把握すればいい。


  ともかく「vaa」みたいなものは、音響であり空間であるとおもう。


  環境に依存する音楽。音の音楽。誰かが楽す音ではなく、空間が楽す音。デリケートでゼリーのようでもあり、掴めが崩れてしまうがその容器の形に固められたゼリーが果たして真実なのか。二つの耳を両端に付けた頭が揺らされれば、一読者にとってそれは変化する。


  そういう、インスタレーション・アートのような側面が確かにある。どこかの少年探偵が言うように、「真実はいつもひとつ」かもしれないが、それはデータ上の物であって人間の頭はデータを正確に受信したりはしない、とおもう。視覚情報であれば、錯視というものがあるように、聴覚でもそういうものがあるんじゃないか。


  それに、元となったデータがあっても音が空気の振動で伝わる以上、その空間の環境によってわずかであっても変化は生じる。それを、歌詞カードを見るみたいに、データである真実、楽譜・スコアである真実、アイドルである真実、それらを見て照らし合わせながら聴いていてどうする。


  そんなのは作った本人や、制作サイドだけでいい。作った本人でさえ、快楽の読者になればいい。


  読者はデータを読み取る機械ではないはずなので。感じて快感を得ればよい。ぼくは読者としてそうありたいし、出来るのならばそういうものを与えたい。そして与えられたい。



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