(2011年4月頃に書いてあった文章)
ある男の子がいた。仮にその子をリファテールとしよう。リファテールは同い年の男の子の友人の家の敷地にある庭に遊びに行く。二人は7歳。庭には大きな木があって、横に伸びた太い枝には手作りのブランコがぶら下がっている。座る部分はタイヤだ。
友人の名はリュシアンという。リュシアンがブランコのタイヤに座って揺れたりしていて、リファテールの方は地面の芝生にあぐらをかいて座っている。はじめは、学校の友達や先生をからかうような笑い話をしていた。けれども、途中からリファテールが一人で話始めた。
それはワッフルの話だった。学校から帰ってきて、おやつのワッフルを楽しみにしていたのだけれどテーブルの上に見当たらない。やんちゃなダルメシアンのミルがいつもくつろいでいるソファーに目をやると、ワッフルの包装紙がビリビリグチャグチャになって散らばっていて、ミルが申し訳なさそうに耳を垂らしてリファテールを見つめて座っている。ワッフルがテーブルの端っこに置いてあったものだから、ミルが飛びかかって食べてしまったのだろう。リファテールは怒った。怒ってミルの頭を強く叩いた。ミルは弱々しくい高い声をあげて玄関のほうへ逃げていった。ドアの前で尻尾を小さく巻いていた。
こういう話を、リュシアンにリファテールは話した。話し始めた頃は笑顔だったのに、話の最後のほうはもう、彼の顔はクシャクシャで今にも泣き出さんばかりだった。話を聴いていたリュシアンは、ミルは死んでしまったのだと、リファテールが話している途中でわかった。ミルの後ろ脚に腫瘍ができて、獣医のところへ入院したと二週間前に聞いていたのだ。入院してから、検査をしてそれがガンだとわかったとも聞いていた。
だから、突然それまでと関係のないワッフルの話をし始めたときにリファテールの様子がおかしいとリュシアンは気づいた。リファテールは涙は流してはいないけれども、リュシアンが何かを言えばすぐにでも泣き出してしまいそうだった。
だから、リュシアンはリファテールの話が終わっても何も言わなかった。何も言わないでブランコのタイヤに乗っかって、プラプラと揺れているだけだった。でも、頭は揺れていた。今夜、ママに明日ワッフルを焼いてもらえるよう頼むことに決めた。
大学で、授業が始まる直前、ぼくは教室にいた。ミカエル・リファテールの『詩の記号論』を読みながら、こんなことを考えはじめてしまっていた。詩についての話でリファテールがワッフルの話をしだしたときだった。ワッフルが出てくる詩と上の物語はほぼ関係がないのだけれども。リファテールの詩の解釈を読みながら、少し悲しくて目が潤んできたのだった。
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