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『プラネテス』 幸村誠さんのインタビューがおもしろい

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プラネテス幸村誠さんのインタビュー

たまたま目に入った幸村誠さんのインタビュー。

「コミックDAYS」というサイトに載っていました。

題名に「プラネテス」とあったから、なんで今更とは思ってけれど、読んでみたら面白い。

アフタヌーン』で連載中の『ヴィンランド・サガ』の関係とかかな。

幸村誠さん自身の漫画家になるまでの話や、大友克洋さんなど他の漫画家の話があったりして面白い。

 

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幸村誠さんがかわぐちかいじさんのアシスタント募集に応募したイラストの一部

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目次

 

幸村誠は20歳まで漫画を描いたことがなかった

僕が漫画を描きはじめたのは、20年前の夏ごろです。21歳でした。それまで、漫画を描いたことは1回もありませんでした。

20歳の頃に、読んでいた「モーニング」でかわぐちかいじ先生がアシスタントを募集しているのを知り、編集部に履歴書を送りました。ただ、かわぐち先生のアシスタントはもう別の方に決まっており…。


そこからご縁があって、守村大先生のアシスタントをやらせてもらうことになりました。

かわぐちかいじさんは『沈黙の艦隊』などで知っていたけど、守村大(もりむらしん)さんは知らない漫画家だった。

調べてみると、守村大さんは『まんが 新白河原人 ウーパ! 』や『万歳ハイウェイ』というような漫画を描いているようです。

幸村誠さんとは作風がけっこう離れているなーというような印象。

インタビューにあるように、幸村さんは守村さんのアシスタント時代に「線が描けない」などいろいろ苦労をしたようです。

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守村大大友克洋のアシスタントだった

若い時の守村さんは一時的なヘルプ要員としてだけれど、大友克洋さんの職場にアシスタントに行ったそうです。それで「ぜんぜん描けなかったからベランダでふてくされていた」という。

 

僕が聞いたのは、今のような「ふてくされた」って言葉だったけれど、守村さんの性格から想像して、もしかすると悔しくて泣いていたんじゃないのかなぁ。ともかく、ベランダでずっと煙草を吸っていたようで、そこに大友さんがやってきた。

「おれも、若い頃はすごいヘタだったんだからさ」そう言ってなぐさめてくれたらしいんです。ほら、こんなにヘタだったんだよと、大友さんの新人時代の絵まで見せてくれたようで。

……そうしたら、その絵、ものすごくうまかったんだ!どこがヘタなんだ、ふざけんなってぐらいにさぁ……

守村さん、「その絵で、またガクッと来た」っておっしゃってました(笑)。

大友克洋さんといえば代表作の『AKIRA』。

原作のマンガの描き込み具合もアニメもすばらしい作品です。

大友さんの「若い頃のマンガ」というと、作品集の『ショート・ピース』や『ハイウェイスター』に載っているようなものかと思うけど、全盛期に比べれば粗さはあるものの、それでもめちゃくちゃ上手い絵を描いているからね。

原稿をなくし(かけ)て描くことになった「はじめての作品」が『プラネテス

金井 当時、「モーニング」で木葉功一さんの『キリコ』という作品がはじまったんです。木葉さんはあれこれと無茶な漫画の構想も含めて持ちかけてくれるような魅力的な方で。僕は幸村さんに対して、木葉さんのアシスタントにヘルプで一度入るのはどうか、と提案しました。

金井 そこで、幸村さんは原稿をなくしかけたんです

金井 「原稿が1枚なくなったらしい」と聞いて、幸村さんを紹介した手前、僕もすぐに謝りの電話を入れたんです。

「見つかったから、大丈夫です!」木葉さんは、そう明るく言ってくださったんです。

さらに「アシスタントで来てくれたあの幸村さんという人は、これから後、十年後、五十年後、百年後と、のちに起きるであろう出来事を記した宇宙史年表のようなものを、ずーっと描いていて、面白いですよ……!

そんなふうにも言ってくださって。電話が終わった後、幸村さんにも電話をかけたんです。木葉さん、寛大にも怒っていなかったよ、みたいなことを伝えるために。……で、その電話で「木葉さんが感心していた宇宙史年表みたいな漫画を、試しに描いてみないか?」って話したんです。

幸村 それが20年前の今ごろでした。それで、生まれてはじめて描いた漫画が後に続く『プラネテス』の第1話になったんです。

プラネテス』は傑作のマンガだとは思っていたけど、幸村さんのデビュー作だったとは知らなかった。

このインタビューによれば、短編マンガみたいなものも掲載歴はなさそう。

ただ、やっぱりいきなり長編マンガを描くというのは難しそう。

 

プラネテス』の連載は5年間

プラネテス』のマンガは意外と4巻で完結している。

自分のなかでは6巻くらいあったイメージだったけど、意外と短いんですね。

で、ウィキペディアによると連載期間は1999年から2004年の間。

実に完結するまで5年間かかっていることになります。

月間連載というのもあるだろうけど、単行本4巻で5年間というのはかなり連載が長いイメージ。

結果としてマンガの密度はかなり高くなっているけれど、デビュー作だから幸村さんも苦労をされたんでは、と想像してしまう。

 

1話を描くのに1年間

幸村 はじめて漫画を描いた直後は、「やった」「できた」なんて達成感よりも「大変だ」「これでごはんを食べていくなんて、無理だろう……」という気持ちのほうが強かった。しばらくは、アシスタントとしてやっていこうと思っていたら、金井さんが「第2話を描いて」とおっしゃったんです。

金井 でも、第1話を描くまでに1年間かかっていましたからね。

幸村 かなりかかった。守村先生は1話描くのに4日間ですけれど、僕は1年間もかかって……(笑)。

1話に1年間……。

そこまで苦労して描いたものと知ると、改めてマンガを読みたくなります。

全巻持ってはいるものの、引越しの時にダンボールにしまってどの箱に入れたか分からない状況なので探すのが大変。

第1回目のインタビューはここでおわっています。

次回も気になるインタビューです。

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プラネテス』はマンガもアニメもオススメ

マンガとアニメではけっこう展開やトーンが違っていて、それぞれ別作品みたいなところがあります。

でも、どちらもそれはそれで面白い作品になっています。

たしか、アニメの方がハチマキが宇宙飛行士として苦悩する展開がちょっと見ててツラかったような。

アニメは今ならアマゾンプライムで無料で視聴できます。

『プラネテス』は「原稿をなくしたから」生まれた!? 幸村誠インタビュー(1) - コミックDAYS-編集部ブログ-

 

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