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【Netflix】現代版『フレンズ』とも言えるマイノリティ系ドラマ『マスター・オブ・ゼロ』の感想

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目次

 

マイノリティ系ドラマ『マスター・オブ・ゼロ』が新鮮でおもしろい

Netflixオリジナル作品の連続ドラマ『マスター・オブ・ゼロ』(原題:Master of None)が新鮮でおもしろい。

社会派でもありコメディや恋愛要素もあるドラマになってる。

主人公のデフ・シャーはニューヨーク在住のインド系アメリカ人の俳優で、よく集まって喋っている友人たちは大男で親友のアーノルドと、中国系アメリカ人と黒人のレズビアンと、異色のキャラクターたちがドラマを形作っている。

デフたちの身に起こったマイノリティゆえの差別的な言動が描かれたり、酒を飲みながら論議したりすることもある。

フレンズ』のような日常系ドラマではあるけれど、白人以外の異人種やLGBT(レズ、ゲイ、バイ、トランスジェンダー)の人たちマイノリティの声を代弁するようなドラマになっている。

イスラム教の戒律に悩むような宗教がテーマとなっている回もある。

主人公のデフはインド生まれだけど、確か大学の頃からアメリカに住んでいて15年くらいアメリカに暮らしている、と言っていたとおもう。ドラマ開始時は30歳くらいの年齢。

両親もアメリカに暮らしているので、おそらく家族でアメリカに帰化したんだろう。

デフも含めて、中国系や黒人の友人たち、そして家族はみんなアメリカ人でありながら、移民でもある。

 

現代アメリカの描写にリアリティがあるけどクドくもある

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ドラマでのインド人役のステレオタイプなキャラ付けにインド人のデフが怒ったり、レズビアンをテーマとした回があったり、スマホタブレットでメッセージのやりとりを頻繁にしたり、出会い系アプリでの出会いを中心とした回があったりする。

フラーハウス』を見てても思うけど、やたらとスマホでの自撮りやメッセージやアプリなどの小道具を使いたがるところが鼻につくのだけど、『マスター・オブ・ゼロ』にもそういところがある。

人種差別や性的な差別についての描写はこのドラマの肝なんだけど、『フレンズ』や『ザ・シンプシンズ』を見て笑って生きてきた立場としては、笑いがきそうなところでシリアスな話題になったりするので、なにか踏み込み切れない壁を感じる。

今までアメリカ社会でのドラマや映画で笑いを取ってきたネタが、今ではなにかしらの差別にひっかかるので、それを逆手にとってマイノリティ側をテーマにしよう、みたいな屈折したアメリカ社会を感じるところもある。

 

アメリカ社会でのインド人への差別

「差別」というと、深刻なレベルのイメージだとアメリカ社会でのことを思い浮かべる。

日本だったら「男女雇用機会均等法」とか仕事のなかでの男女差別がニュースになるくらい、という認識しかない。

アメリカで言えば、黒人やゲイへの差別があるんだろうな、という認識くらいしかない。

『マスター・オブ・ゼロ』を見て気付かされたのが、インド人も差別されるんだな、というところだった。

恥ずかしながら、今までインド人への差別を考えたことがなかった。

差別、あるいは偏見まで入れればドラマでのインド人への差別的な描写やセリフがいろいろある。

インド人はみんな数学が得意とか、

ドラマの役でステレオタイプなインドなまりのインド人役を要求されたり、

ドラマの役がタクシー運転手だったり、

ドラマのキャラに二人もインド人はいらないと言われたり、

仕事のメールでインド人について「カレー臭がするか確かめたい」と陰口を書かれたり、

外を歩いておじいさんのインド人が警官に地面に叩きつけらて怪我した(実際に似たような事件があった)、とか。

主人公のデフはシーズン2では役者(タレント)としてそれなりに成功したりして、日常生活でも白人女性とよくデートしたりして表面的には問題ない生活を送っているんだけど。

まだまだ、インド人への差別や偏見が残っているというのがアメリカの現状なんだろう。

ザ・シンプソンズ』のインド人でコンビニを経営しているアプーが差別的イメージのインド人として代表的だ。

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【参考記事】

 

『マスター・オブ・ゼロ』は現代版『フレンズ』だ

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ドラマ中ではやたらと『フレンズ』について話していたり、出演していた役者についての話したりしている。

『フレンズ』のドラマ界へ与えた影響はかなり強いだろうけど、この『マスター・オブ・ゼロ』は『フレンズ』のオマージュのような一面がある。

『マスター・オブ・ゼロ』の主要キャラクターはインド系アメリカ人のデフ、大男で親友のアーノルド、中国系アメリカ人、黒人レズビアンと、アーノルドは従来の白人キャラクターだけど、それ以外のキャラクターが三人も集まっているのはかなり珍しい。

『フレンズ』の主要キャラクターを見てみると以下のようになっている。

レイチェル:アメリカ人の白人

モニカ:アメリカ人の白人、ユダヤ教徒

フィービー:アメリカ人の白人、双子、夫がゲイ(だった?)

ロス:アメリカ人の白人、ユダヤ教徒、モニカの兄、恐竜オタク、離婚グセがある、元妻がレズビアン

チャンドラー:アメリカ人の白人、父親がゲイ、母親が官能小説作家

ジョー:イタリア系アメリカ人、俳優

主要キャラクターは6人いるけど、その内5人がおそらく生粋のアメリカ人でジョーイだけ両親がイタリア人だけど、どちらにせよみんな白人だ。

『フレンズ』は1994年から2004年まで放送されたドラマ。

当時は6人全員白人っていうのが当たり前だったんだけど、黒人差別だとかホワイトウォッシュだとか騒がしい今では、きっと6人いれば一人は黒人を入れなきゃってなったり、もっとややこしそうだ。

『フレンズ』でも主要キャラクター以外の両親や結婚相手にはレズやゲイがよくいたりする。

ドラマ序盤ではロスの結婚相手の奥さんが、結婚した後にレズに目覚めて離婚したことがよくネタになっていたりした。

デフとジョーイは移民で俳優という設定が似ていて、デフも意外と女好き(プレイボーイ風ではないけど)。

『マスター・オブ・ゼロ』では『フレンズ』みたいに同居生活している設定はほぼないけど、現代で『フレンズ』を作ったらこうなった、みたいな側面がある。

ちなみに『フレンズ』もNetflixで配信されている。

いま改めて見るといろいと時代のギャップを感じておもしろい。

 

日本人が出てこないのでアメリカ社会での立場がよくわからない

『マスター・オブ・ゼロ』はそんなマイノリティ派のドラマなわけだけど、シーズン1を見ていてふと思っことは「日本人が出てこないな」っていうこと。

日本人は全然出てこないし、なぜかほとんど話題にもでない。

ただ、唯一シーズン1の最後で話題には上がっていた。

その頃、デフと付き合っていた白人の彼女が現実逃避的にアメリカから日本(東京)へ行くと言い出す。

なにか目標があるわけでもなく、「やりたいことをやっておきたい」から日本に行く、と。

「やりたいこと」っていうのは「日本に行くこと」だったらしい。

たぶん、彼女は30歳前後で結婚してしまう前に、そして仕事で手一杯になる前にやり残さないようにということなんだろうけど。
日本あるいは日本人の立場が不思議でありながら、なんとなく第三者的な存在として見えてくるドラマだなとおもった。

逃避行の目的となる場所としての日本っていうと、それこそなんだか古臭いイメージのように思えるんだけど。

日本人だからこそ、いろんな人種が出るなら日本人も出してほしいとおもうけど、日本人が別に差別されていないわけではなくて、単純に他の人種に比べれば人数が少ないってだけなのかもしれないけど。

 

シーズン3はあるのか

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シーズン1の終盤では、異人種同士の結婚や結婚へのおそれがテーマとなる。

そして、なぜか主人公は短期間イタリアにパスタ修行のためにアメリカを出る。

彼女はなぜか東京へ。

というところでシーズン1おわり。

イタリア編からシーズン2スタートして、Netflixでシーズン最終話の10話まで配信されている。

英語で書かれているサイトを回ってみると、シーズン3の制作はまだ決まっていないようだ。

でも、続きは作れそうで不完全燃焼な終わり方をしているのでシーズン3を期待したい。

 

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