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「つくる化」する写真 - 『WIRED』Vol.28 「ものづくりの未来」を読みながら

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目次

『WIRED』のVol.28を読んでいた。

特集は「ものづくりの未来」。

服飾やスピーカー、傘、スニーカーなどいろんな企業や個人の「ものづくり」などの記事が載っている。

考えてみれば自分は「ものづくり」を一切しないし興味もないので、普段購読していない雑誌なら手に取らない種類の特集であるし、家に届いてからもあまり興味がなかったのだけど、読んでみたら結構おもしろい。

 

「もの」と「こと」

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読んでいると、そもそもものづくり」って何なのか、と考えてしまう。

そもそも、「もの」って。

そもそも、「もの」の反対の「こと」って。

まぁ簡単に分ければ、陶器や自動車や文房具は「もの」で、文章や映像や音楽は「こと」と言えそうだ。(文章や映像や音楽はデジタル化した現在だからこそ一層「こと」的なものに思える)

「もの」をつくるのが「ものづくり」だとすれば、「こと」をつくるのは「ことづくり」か。

『WIRED』のVol.28には最新作『async』を発表した坂本龍一のインタビューも載っているけど、やっぱり音楽づくりは「ことづくり」に近いように思える。

 

「もの」への執着が減っていく

自分がつくっているあるいはつくってきたことと言えば、文章を書いたり音楽をつくることだった。

思い返しても、趣味あるいは仕事として「ものづくりは」はやってこなかったし、やっぱり趣味としてやろうという気も起こりにくい。

小学校とかで工作や木工などはあったけど、これまでの「ものづくり」的な作業はそれくらいだ。

「もの」への執着が元々すくないほうなのかもしれない。

おととし、久々の引越しを体験してからというもの、より一層「もの」への執着が減った。

引越しのときにいろいろな「もの」を売ったり捨てたりしたから、物質を持ち込むことに気が引けてしまう。

 

「こと」的な写真

写真を撮るのも好きだけど、写真は「もの」なのか「こと」なのか。

自分にとってはやっぱり、写真は「こと」的な存在だ。

物質というよりは、概念的な空中に浮かんでいるような存在。

自分で撮った写真は自分のものだとは思いながらも、「所有物」とは言いにくいし、クレジットなしにネットに載せたとすれば、もっと自分の手から離れていくような印象を持つ。

ちなみにデジタル一眼レフを普段使っているので、フィルムでは写真を撮らない。

 

加工されていく写真

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(自作の加工写真)

写真が「もの/こと」どちらにしても、「写真を撮る」という表現が常用で、「写真をつくる」とは普通言わない。

最近では写真はデジタルカメラで撮られることがほとんどだろう。

そもそもコンデジ(コンパクトデジタルカメラ)や一眼レフで撮るというよりは、スマートフォンで写真を撮る時代だ。

そのうえ、ネットに上げられている写真の多くは加工が施されている。

デジタルで撮られている時点で、加工もなにも気にしても仕様がない気もするが、撮りっぱなしの写真と加工された写真ではやはり出来がちがう。

個人的に過度な写真の加工にはまだあまり踏み込めないけど、良い悪い別にして、写真が加工されることが当たり前に近い時代ではある。

最も顕著なのが、女性たちの自撮り(セルフィー)なんじゃないか。

ネットにアップする自撮り写真はほとんど「フィルター」によって加工されていると思ったほうがいいのかもしれない。

仮にアプリのフィルター機能を使わずとも、ベストなアングルや光の角度を計算して撮られた写真は現実からは程遠く、それこそ現実を「加工」した「こと」的な存在と言える。

 

「つくる化」する写真

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自撮りは極端な例としても、雑誌やネットで見かけるような誰かの仕事として載せられた写真はほとんど加工されているものと考えていいだろう。

すくなくとも現代の技術だと、写真は撮らなければ写真は目の前に現れないけど、撮られたまんまの写真が読者あるいは鑑賞者の目の前には出てこない。

たとえば、雑誌の表紙の写真なんかは99パーセント加工されている。

つくられた写真が目の前にある。

写真はかつて撮られていたが、今では写真はつくられている。

こうして「つくる化」した写真は、以前ならぺラっと特殊な紙に印刷されたり雑誌で見ることが多かったけど、今ではパソコンやスマホの画面で眺める「画像」としての写真の方がよく知られている。

現像という作業はある種職人技のような「ものづくり」と言えたかもしれないけど、ネット上やデバイス上の画像は現像さえいらないのだから、今では以前にまして「こと」的な属性がつよまっている。

「つくる化」するという表現をまず思いついてタイトルにもしたけど、「画像化する写真」とも言える、と全文書き終わってから考える。

 

生活を支える「ものづくり」

写真に限らず、世界がデジタル化してからというもの、「もの」と「こと」の間にあったような作業が属性的に「こと」の方に偏っていっていくことが多い。

良い悪いではないけど、そういう「こと」に偏っている時代だからこそ、昔ながらの職人的な「ものづくり」が持て囃されたり、誇張して言えば「神格化」されたりするのはわからなくもない。

目の前にあるパソコンやスマホだって「もの」であって、そういうものをつくるのは「ものづくり」なのだから、そしてテクノロジーでもあるので、自分たちの生活は「ものづくり」に支えられているとも言える。

 

自作の加工写真

以前あそびでPhotoshopを使ってつくってみた加工写真。撮影、加工ともに自分によるもの。

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