sibafutukuri

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Melodia - Diario De Viaje

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Melodía - Diario de viaje (album sampler) by Home Normal on SoundCloud


  音がどれほど集まれば音楽になるのかとか、音がどれほど綺麗に連なれば人はメロディだとかメロディアスだとか感じるのかだとか、突き詰めれば数字で示せるのかもしれないけれど、日常的な世界ではとっても曖昧なもので、そういうのは普段見過ごされていることだろう。どうでもいいから見過ごされているのかもしれないけれど。見方によっては音が集まった音に人が集まるから音楽になる、とも見れたりもする。音楽がそこにあっても、そこが森の中で誰も聴いていなければそれは音楽足り得ないのか?とか。




  友人から借りたMelodia(Federico Durand + Tomoyoshi Date)の"Diario De Viaje"を聴いていて、Seaworthy + Taylor Deupreeの"Wood, Winter, Hollow"思い出す。どちらも非音楽的音楽。


  MelodiaもSeaworthy + Deupreeのも、主にアコースティックギター+環境音の構成で音数が少なく素朴で、始めは拍子抜けして驚く。けど、自分なりに何度か聴いて咀嚼していくうちにこの音楽と音の間に位置する音楽というものの立ち位置がわかってきて納得する。


  kaicoから再発されたMelodiaのファーストアルバム"Saudades”は"Diario De Viaje"と構成は遠いものでいろいろな音から成り立っているけど、音楽から遠いという点では共通している。ユニット名からはどうしてもメロディアスな音楽を想像してしまうが実際は違う。


  Melodiaという名に反して、スピーカーから広がるものは旋律的でもメロディアスでもなく、点々と音が響いている、という空間。Seaworthy + Deupreeもそうで、こういった類のアンビエントはドローンとはまた違った趣があっていい。


  音楽の中にいながらにして、音楽を忘れる。あるいはまったくの無音楽だと思っていた時空の中で、気づいたら音楽のある時空にいた。お互いに相反する現象のようで、まったく同じ現象であるのかもしれない。そして、どちらにせよそのどちらの気づきも私に快をもたらすのだからおもしろい。


Wood (excerpt) by 12k on SoundCloud




Saudades

Saudades

Wood Winter Hollow

Wood Winter Hollow

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