sibafutukuri

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線香とその昇る煙と

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死者にたむける線香の意味とは。
ふと、頭に浮かんだ疑問。
仏教的だったり慣例としての意味は
しっかりとあるのかもしれないが、
それはいつか調べるとして、
自分勝手に思ったことを書いてみよう。






線香とはこの世とあの世(冥界)を繋ぐ縄みたいなものなのだろう。
この世の側から火を灯すことで、煙が空に昇り冥界への道を開く。
死者を目の前にして何本もの線香が灰になっていくうちに、
死者の肉体に宿った魂は徐々に冥界へと昇っていく。
その者の魂だけでなく、その者の記憶にある環境や
環境に記録されたその者の何かしらの成分をもともなうので、
すべてが昇り切るにはそれなりの時間がかかる。
だから、肉体がある内に線香は絶やしてはいけない。
この世に残しておくのは仏となった者にもこの世の者にも、
良い影響を与えないのだろう。




火葬をすることで仏の肉体は物質的に滅する。
抜け殻となったお骨だけが残る。
慣例通りの手順でことが運べば、仏の忘れものはなくてすむ。
だから、これ以降は線香を灯し続ける必要はない。
ただ、時折線香を灯すことがよくないわけではない。




墓前や仏壇の前で線香が灯るとき、
冥界からこの世への道が開かれる。
その時には死者との対話も可能になる。
ただ、彼らの声が我々に聞こえないだけなのだ。
たとえば巫術を心得た者ならば聞こえるのだろうが。
しかしそういった巫女のような者でさえ、
常に聞こえるというわけではなくて、
その為の一般的かつ簡易的な道具の一つが線香なのだ。




この世の者があの世の者と無関係ということはないし、
その逆の、あの世の者がこの世の者と無関係ということもない。
ふつう、その二つを分割して考えてしまうが、
改めて俯瞰的に見直すと、
それぞれを含んだ大きな全体が一つの世界だということがわかる。




こうして見ると、線香を燃やすということは世界との交流
とさえ言えるのではないかと思える。
個人主義がまかり通っている現代日本において、
あの細い一本の線香だけで、自己を越え他者をも越えて、
そして間にある無の空間を見つけることができる。
しかしそれはちっとも無ではなく、線香の煙があり、
その煙が表しているのが、普段は見えず意識もしない
広い世界と言えるだろう。






今日、身内の者とお別れをしてきた。
虚構世界のようなことだけれど、残念ながらここは非虚構世界。