sibafutukuri

音響系音楽、文学、アニメ、映画あるいはゲームの感想、攻略などについて書こうかなとおもっています。

「アンドレアス・グルスキー展」と「アメリカン・ポップ・アート展」

Google AdSense



Andreas Gursky,Kamiokande,2007




アンドレアス・グルスキー展
2013年7月3日(水)―9月16日(月・祝) 会場:企画展示室1E
主催:国立新美術館読売新聞社、TBS、TOKYO FM


アメリカン・ポップ・アート展
2013年8月7日(水)―10月21日(月) 会場:企画展示室2E
主催:国立新美術館、TBS、読売新聞社




  国立新美術館で同時に開催している「アンドレアス・グルスキー展」と「アメリカン・ポップ・アート展」に行ってきた。どちらもよかった。


  二つは直接関係のある展示ではないけれど、どちらも現代のアートであり、「アメリカン・ポップ・アート展」は1960-80年、「アンドレアス・グルスキー展」は1980-現在ということで作品のテーマが重なっていたりして、戦後から現代までの地続き感を覚える。同時に開催している意味のあるもので、疲れるけど両方観るのがオススメ。


  アンディ・ウォーホル『200個のキャンベル・スープ缶』で大量生産、消費の表現を観たあと、アンドレアス・グルスキーは写真でバンコクの川?を印象派絵画のように撮っているがよく見るとゴミが浮かんでいたり、海上に埋め立てたゴミ置き場を美しく丁寧に撮っていて、時の流れによるビフォーアフターのように思える。





Andreas Gursky,Bangkok IX,2011




  予想はしていたけど「アメリカン・ポップ・アート展」の方が人が多かった。宣伝の多さとか元のアーティストたちの知名度の違いとかだろうけど。しかし、アメリカン・ポップ・アートとなってしまうと、本当にもうマンガの表現をそのまま持ってきたものもあり、有り難がって鑑賞する気分は薄らいでしまう。



  「アート」とは付くけど、「芸術」ではなくて、例えば2ちゃんねるで見られる「アスキーアート(AA)」みたいにただ「芸術的」という意味での「アート」でしかないような。それでも、この展示にも芸術性はあって面白い部分もあったが、すこし物足りなかったし。来ている大勢の客を観ても作品を観ても、あまりにもミーハー向けのような気がした。


  「アメリカン・ポップ・アート展」を観ながら、アスキーアートは芸術なのか?というようなことを考えていた。いやでも、アンディ・ウォーホルだって当時は芸術として認められていなかったのかもしれないし、今現在2ちゃんねるに書きこまれているポルナレフの「ありのまま今起こった事を話すぜ」のAAとかが50年後には国立新美術館みたいなところで展示されている可能性もなくはないわけだ。


  個人的に、アスキーアートタイポグラフィティの違いや関連性が最近気になっている。


  「アメリカン・ポップ・アート展」で一番驚いたのは、アンディ・ウォーホルの『200個のキャンベル〜』や『キミコ・パワーズ』が配置されている一室に侵入しようとした時だった。白地の壁のその空間に色彩豊かな作品がまばらに時に天井に届くくらいに配置されていて、異空間で、その光景自体が作品だった。


  なんか200個の缶カラを描いた絵とか同じ女性の顔の絵を色別にいくつも壁に飾ってある変な空間で、真面目にそれを見ている人がいたりソファに座って休憩している人や部屋に入るひと出ていく人、いろんな人がいて、その空間を意識的に俯瞰してみると凄くシュールな光景で、この展示で一番そこが面白かった。




  アンドレアス・グルスキーというドイツの現代写真家のことは全然知らなかった。先週末、新宿駅で金色のスペースいっぱいにミニマル的に並んだ金色の丸の集合、という美しさと不気味を持ち合わせた違和感のある看板を見てしまい、これは絶対に行こうと、行かなければと思って、行ってみたらやっぱりよかった。


  その写真は岐阜県にあるスーパーカミオカンデ(よく知らないけどニュートリノを何かしたりするものすごい設備)を撮影した"Kamiokande"という作品だった。大仏の頭髪みたいで仏教的でもあるし、SFっぽさも感じさせる驚きの光景(このエントリーのトップに画像を掲載)。


  端っこにボートに乗った人間が映っていて、その規模の大きさを際立たせる。巨大昆虫の脇に置かれたタバコの箱みたいな役割を人間が果たす。この作品のなかのスーパーカミオカンデは、この設備によって地球を壊滅できる力があるのではないかと錯覚させるほどの映像の威力と美しさがある。


  アパートを撮影して加工したグルスキーの"Paris Montparnass"だけはネットで見たことがあった。やはり、緻密に表現された団地などは大友克洋を思い出す。『童夢』など。そして、グルスキーの写真にも大友さんの描いた開いた瞬間にページを埋め尽くす細かな団地にも魅了される。




[
Andreas Gursky,Paris Montparnasse,1993

スポンサーリンク