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藤沢周 『幻夢』 - タケヤブヤケタ

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幻夢

幻夢



  キューブBの部屋から、ポテトチップスやサキイカの残った銀色のトレイと、グラスを運び出す。
  残骸。残骸。
  だが、それでも腹が減って死にそうだったり、喉が渇いてくるいそうだったら、カラオケ客達の残した粉々のポテトチップスでも、薄まったアルコールでも、食し、飲むのだろうか、と馬鹿なことを考える。当たり前だ。食うに決まっている。

(藤沢周、「キューブ7」、『幻夢』より)



  日常に浸りきったとき、ひどく真面目にでも役立たずな宛てのない究明のためのようなものを読みたくなる。文学。藤沢周とか安部公房の書いたもの。それっきり。でも、彼らが書いたものなんて数はそんなにない。読みたい。でも読みたくない。なぜなら品切れが怖くて。




  映画『96時間』を観て、山崎ナオコーラの『あたしはビー玉』を開いて文字を追ったが満足せず、『スティール・ボール・ラン』の9巻を開いてみたが集中は散乱して空中に分解していった。宙に浮いたその内の一つが、精子卵子に辿り着くみたいに、藤沢周の短編集『幻夢』へとぺとりと着床する。


  以前読んだのだけれど、もう一度読むために手元に置いてあった。カバーが外されたその本はしっかりと厚い紙で覆われていて、手の平によく合う。


  「キューブ7」から読み始める。始めて数文字で、ああ、あのカラオケの話か、とぼんやりと雰囲気を思い出す。あまり好きではない短編だった。レストランで出されたコップの中の水。その水に浮く油や食べかすを眺めている気分だったのだろう。


  しかし、最初に引用した冒頭の「キューブBの部屋から……」を読んで。なにかがしっくりと来た。求めていたのはこれだった、とおもった。共感?回顧?記憶?何を入れても埋めきれないような穴が開いていたのだけれど、その文章は、その穴の隣に小さな山を作った。


  短編を最後まで読み、意外と面白い話じゃないか、とおもった。寂れた田舎のカラオケ屋。そこでの怪談話や怖い伝説みたいな。しょうもないけど、やはり語り口が尖っていてやさぐれていて過剰に俗っぽくて、惹かれる。求められないのかもしれないけれど、俺はこれを求めていた。


  鎌倉のマフィアみたいなカラス、浮気を疑って回文を仕込む夫婦、いわくつきの田舎のカラオケ屋、何に使うかわからない袋。『幻夢』、これは名短編集かもしれない。


  藤沢周の書くものは、タバコの吸い殻の灰みたいだ。よくわからないけれど、灰みたいだ。そう思った。


  灰にも意味を見つける、そういう視点は忘れてはならないだろう。




  タケヤブヤケタ

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