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sibafutukuri

音響系音楽、文学、アニメ、映画などについて書こうかなとおもっています。

「DTMerクラスタの有名無名TLにプロのギタリスト?が絡んだお話」について

雑記 音響
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  もう一週間くらい前の出来事なのだけど、せっかく長めのコメントを書いたのでここに載せておきます。




「DTMerクラスタの有名無名TLにプロのギタリスト?が絡んだお話」
http://togetter.com/li/227220


  という、togetterにまとめられた一連のツイートがあり、それについて最後のところにあるコメントにぼくも書きました。この話題の発端は、ニコニコ動画に「クリエイター奨励プログラム」という制度が新しく出来る、ということです。


ニコニコ動画で「クリエイター奨励プログラム」開始、二次創作の親にも還元
  ニコニコ動画サービス開始から5周年をむかえたニワンゴが、次期バージョン「ニコニコ動画 (ZERO)」の来年4月29日サービス開始を発表しました。また「原点回帰」をテーマに、サービスの大幅な見直しや新サービスもあわせて発表しています。新サービスの1つとして加わったのが、投稿者・動画製作者を支援する新システム「クリエイター奨励プログラム」。人気を博した動画の製作者に対して、ニコニコポイントまたは現金で奨励金が払われるというもの。

(Engadget Japanese、http://japanese.engadget.com/2011/12/13/niconico/)




  これを巡って、ツイッター上で一般人からとあるギタリストの方などもまじえて論争になっていたわけです。もっともインパクトのある発言が「無名な時点で、聞くに及ばないというのは当然じゃないですか」というもの。


  これには反発する人も多いだろうし、ぼくもその一人だった。一応、主題としてここで語られているのはニコニコ動画内でのいわゆる「P(ぴー)」というボーカロイドを使った曲を作る人たちのことで(あるいは他のジャンルの動画の投稿者)、その中の有名Pと無名Pという対比になっています。


  また、「ランキング」という言葉も出てくるのだけどこれが狭い文脈上で「ニコニコ動画内のランキング」という意味であっても、「オリコン」や「クリエイター」という言葉が出ていることから音楽業界、音楽全体の話題にまで拡大解釈されて、「オリコンのランキング」というとらえかたがされている可能性があります。


  ぼくのコメントも実はニコニコ動画限定の話ではなく、もっと広く音楽の話になっているのだけれど、それは一種の拡大解釈をした勘違いの結果でもあります。


  さきほどの、インパクトのある言葉と書いたのは本当は「無名Pの曲を評価せずにっていうけど無名な時点で、聞くに及ばないというのは当然じゃないですか」というように、「無名Pの曲」という限定がありニコニコ動画内に限られた話になっています。


  これを言った本人が、無名は聴く必要がないという意味はニコニコ動画内に限ったものなのか音楽全体としてそうとらえているのかはわからない。でも、音楽全体の聴き方として、この人だけがと言うよりはそういう聴き方を良しとする人もいるのだな、と感じた。


  それがぼくの音楽の聴き方と全く異なっているものだから、苛立ちもかんじたし動揺もした。まぁ、そんなこんなで以下のようなコメントを書きました。

  ニコニコ動画について、というよりは音楽全体に対してのコメントですが。このまとめを読んでいて、全員に根本的におかしいところがあるとおもいました。それは、全員が全員、「良い音楽」は有名になるまで待ってから聴く、というような態度でいることです。待っていて「良い音楽」(彼らにとってイコール有名な音楽)を受容しようとしていることです。


  個人にとって「良い音楽」を聴くなら自分だけの自分のための音楽を作るプロデューサーになるべきではないのでしょうか。例えばiTunesのプレイリストにお気に入りの曲を追加するために、CDショップでもネットでも友人のオススメでもなんでも、色々探したりしてみて「自分にとっての良い音楽」を作り出す。それが個人の音楽のプロデュースだとおもいます。有名なものを待っているというのは、自演をしてでも媚びを売ってでも枕営業してでも手に入れられて有名になった幻のような「良い音楽」をただ聞かされる、というだけなのではないでしょうか。仮に、質が良いとされるバンドであっても、そういう不自然な宣伝行為をしなければならない業界から生まれた有名な音楽、という事実は変わりません。


  あなたたちは、音楽を聴きたいのか聞かされたいのかどちらなのでしょうか。また、有名になる音楽というのはジャンルが偏っていますね。有名なものしか聴かない、というのはそのジャンルの偏りのなかでしか音楽を聴けない可能性もありますね。無名でも探せばいくらでも「良い音楽」はありますよ。


  「良い音楽」という言葉はtogetterの方に直接出てくるわけではないけれども、気づいたらそう書いていた。カッコ付きの「良い音楽」。これの定義は不毛なことに近いからしません。でも、誰しも「良い音楽」を求めていたりそれが好きだったりするとぼくは考えています。


  そして、togetterのまとめの中で、「有名な音楽」というのはイコール「良い音楽」と考えている人がいるようにおもえる。そして「無名な音楽」は「悪い音楽」と、暗に示されている。だからぼくは「良い音楽」という言葉を使ったのだとおもう。


  誰しも「良い音楽」を聴きたいのでしょう。でも、ある人は「有名な音楽」=「良い音楽」と決めつけて探すことを終えてしまっている。それが考えたり長年の経験の結果かもしれないけれど、ぼくからすればそれはもう、音楽を探すことを諦めたかのようにおもえる。すごくつまらない音楽の聴き方だ。


  有名になる音楽というのは方向性やジャンルが限られていたり、誰かの思惑による操作が関わっていることが多いのではないでしょうか。他人に備え付けられたフィルターに検閲されるように濾された音楽を与えられて満足しているのが、「無名な時点で、聞くに及ばないというのは当然」と考えている人たちでしょう。


  果たしてそれでいいのでしょうか。音楽のライトユーザーならいいのかもしれません。でも、「音楽が好き」と言ったり思っていてるけれども有名なものしか聴かないというならこの話題について深く考えてみるべきだとおもいます。


  最近ではちょっと前と比べたらDTMボーカロイドなどの発達と普及によって、かなり音楽を作ることへのハードルが下がり、作り手は増えているのでしょう。プロからアマチュアまで、聴こうと思えば曲はいくらでもある。こういう時代の中で、「どうせなら探そう」と考えるか「いっぱいあり過ぎて面倒だから選んでもらおう」と考えるか、という違いが出るのは面白くもありますが。


  ぼくは、「どうせなら探そう」とか「じゃあぼくも曲を作ろう」といような方向に向かっていって欲しいとおもっています。



  以下はオマケとして、ぼくがリツイートしたものとつぶやいたものを載せておきます。ぼくがフォローしている方のこの一つ目のツイートによって、いろいろ思うことがあったので書いていきました。



RT @kania_d: 「無名なのは聴くに及ばないよねー」とか思っている人には「あなたは作曲者がクレジットされていない、CMやラジオのジングル音楽に惹かれたことは無いのか?」と聞きたくなる。
posted at 04:20:25



作曲者の名前はいらない。作曲者の名前はブランドだから。
posted at 04:22:33



俗な音楽の楽しみ方だけど、無名な良い作曲者を見つけるという楽しみ方がある。ほとんどの人がそれをしないけど。やってみれば楽しいとはおもうんだけど。
posted at 04:27:34



「無名の価値」を自分は求める傾向があり、それは「有名の価値」へのブランド志向と根本的にちがいはないと思ってることは言っておきたい。「無名」を個人的ブランド視しているということなので、そうなるかなぁと。
posted at 04:33:17

(2011年12月14日のtwilogより、http://twilog.org/sibafu_gokyo/date-111214)

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