sibafutukuri

音響系音楽、文学、アニメ、映画あるいはゲームの感想、攻略などについて書こうかなとおもっています。

このクラスにそれはありますか

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僕にとってそれは、本来、何かをやろうってときに景気づけみたいなために飲むものなんだがな。
だが、このごろの僕ときたらてんでだめなんだ。
もちろんそれは飲むよ、いつものとおりさ、それは。
でもね、なにもしないんだ。終わっちまってるね。僕の兄貴のクセ毛みたいにダメダメだ。
起きてもそれ、寝てもそれ、とうぜん夢のなかでもそれ。ずっと飲んでんだ。
でも、何をそれが景気づけてんだって。訊いてみたいね。
国語の授業の課題本を読むとか、明日の三角法のテスト勉強をするとか、母さんへの手紙を書くとか。
いろいろあんだよね。でも、てんでダメ。
種なしのピーマンみたいなもんなんだよ、今の僕の頭の中はさ。
でもそれは飲むんだからな、まいっちゃうよ。やめられなくてね。
それを飲めば、なんだか根拠なんてないんだけど頑張れる気がしてね。



君はさっきから気になっていると思うから言っておこうか。「それ」が何かってことをね。
「それ」にそんなに意味は無いし、「それ」を具体的に書かないのにもそんなに意味はないな。カッコつけだね。ただの見栄っ張りみたいなもんだな。
ただ、この文章にはそれがいっぱい出てきそうに思ったからさ、初めから「それ」にしてみただけ。
「何度も同じ単語を繰り返すのは、あまり格好がつかない。
威厳のある文章は、同様の意味の言葉でもちがう単語で書くと、その文全体に風格が表れます」
ってことを、国語の先生が言っていたんだよね。いやー、くだらないよねこういうの。
でも一利あるっちゃあるんだな。同じ言葉を繰り返していると馬鹿みたいに思えてくるってのはある。
それは書いてる方だけかもしれないけど。つまり書いてる人だけの錯覚かもしれないけど。
だから「代名詞」ってのがあって、書く奴はそれを使いたがるんだろうな。
ぼくが今「それ」を使ったみたいにね。でも、この「それ」は大分曖昧な奴で困るよ。
例えば英語の“it”とか“he”とか“that”とかね。
外国語ってのは極端な例だけど、母語だって怪しいもんだね。まったく。
「それ」が何を指示しているかってのは誰にも決められないんじゃないかと思うんだ。
「それ」は一つの文中の単語かもしれないし、節中かもしれない。
もしかしたら、一つ前の文の単語かもしれないし、文全体で言っていることを指しているかも。前の段落の単語なんかを「それ」が言っているってのはちょっと非常識すぎるけどさ。
でも、その「常識」にしたがって「それ」を僕たちは解読しているんじゃないかな。
「それ」というシニフィアン(記号表現)をどのシニフィアンが含んだシニフィエ(記号内容)へ
結びつけるかは、個々が備えた「常識」によるってことなんじゃないか。
スタンリー・フィッシュ流に言えばその「常識」ってのは、 「解釈共同体」*1って奴なんだろうな。
ロバート・スコールズ*2が言うように、この「解釈共同体」の枠組みが、
フィッシュの定義では曖昧すぎるわけだけれども。
まぁ、どんな範囲で共同体って枠組みがあるかはわからないけど、
そういう「常識」によって「それ」は判断されてるってのは言えるかもしれない。
具体例を出すのは難しいけど、「それ」が何を指しているか、それが一目瞭然な文と
そうでなくて曖昧な文があるんじゃないかと、僕の「経験」は言ってるよ。



それで、この僕が今書いて君が読んでる文章はっていうと、どうだろうね。
僕はある意味でどちらにもあてはまると思うな。でも、かなり曖昧な方だと思う。
だって、僕が最初から言ってる「それ」を何か一言も書いてないし、
それ自体の単語ってのは一度も書いていないんだから。
でも逆に、ぼくはそれを「飲む」って言ってるね。
飲み物だってことがそれでわかっちまうわけだ。こっからはもう推理ゲームだ。
極端気味に言えば、僕のことを知っていて、僕がいつも何を好んで飲んでいるか、
そこまで知っている君ならこの「それ」はほとんど分かっちゃうと思う。
もっともっと極端に言えば、これを書いている僕自身はそれが何だか始めから知っている。
これはちょっとつまらない証明だけどね。
でも、つまりだ、書いている者とか書かれた状況という「文外」(「テクスト外」とも言えるかな)
までも文脈としてとらえれば、文中に「それ」が指し示すモノが明示されていなくても
わかっちまうってことなんだな。まさに「言わずもがな」ってやつだな。



実際、代名詞じゃなくても専門用語とか略語なんかは「言わずもがな精神」
で書かれている文章は多いんじゃないかな。
その用語がなにかわからないときはすごくムカつくし、インチキ野郎がって思っちゃうな僕なんかは。
例えばこういうのは面白いかも。
オランダではマリファナの販売店を「コーヒーショップ」と言うらしいけど、
「あとで“コーヒーショップ”行こうぜ」っていう現地人の会話を無知な異邦人が耳にしたら
普通の喫茶店へ行くものかと勘違いしかねなかったりするかもしれないな。
とはいえ、さすがに「それ」とか「これ」が何かを書かないで文章を書くトンチキは少ないだろうがね。



しかしまぁ、本当にこのごろのぼくはコーヒーを飲んでもちっともやる気が出なくて困るね。
そればっかり飲んでいるだけで、他になんにもちっともしないんだから。
それだけじゃなくて、一日中寝てばかりみたいなもんなんだからな。
今日こそはこれが、この一杯が景気づけになると信じているよ。

*1:『このクラスにテクストはありますか--解釈共同体の権威3』

*2:『テクストの読み方と教え方―ヘミングウェイ・SF・現代思想

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