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昼下がりとも夕暮れとも

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  電車を降りる。ホームから階段を上る。そこですぐ右へ向くと改札を出られる。いつもはそちらからは出ないが、今日は寄る店があったのでいつもと逆から出る。その店へ寄るときでも、帰りが遅いとそこの道は暗くてあまり通りたくないから滅多に来ることは無い。そこはちょうど駅や線路の裏路地になっている。路地の入口には寂れた寿司屋。その後は平屋が連ね、時に空き地。


  平屋の塀をぼっと眺めて歩いた。「川 島」。そう記された表札のような物体が、地面に立てられていて塀の奇妙な隙間にすっぽりはまっていた。ねずみ男でも出てきそうだな、と思った。空き地は砂利と高く生えた雑草の土地。こんな空き地あったっけな、以前は家屋が。その空き地と、その一つ奥に配置されたあまり高くはない木々が揺れるのと、そのまた奥に配置された雲のほとんどない水色の空の背景が目に入る。そうすると、なんてここは田舎なんだ、と思う。


  この土地は確かに都会ではない、けれども田舎というほどでもないし郊外といった程度の位置かもしれない。普段歩いている道や角度を見る限り、そんなには田舎だとは考えなかった。それはこの昼下がりとも夕暮れとも言い難い狭間に射す光線と、人口密度の低い閑散とした空間のせいだろうか。ともかく、そういう時には何かが頭に浮かぶものだ。それで、数年前の夏も終わりの頃にいった長野の山奥であった。または、空気の透き通った日光高原であった。そう見えたのだから仕方がない。どうしようもなく、いつまでも居られない土地に憧憬の念を抱くことはある。コンピュータに制御される日々に在るから、土臭いことにそう思うのだ。


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  だから、『おもひでぽろぽろ』のような夏の休暇を過ごすのも良いし、あの土地で農家のお嫁さんになるのも悪くないだろう。たしかベニバナの産地として描かれていたから、主な舞台は80年代後半か90年代の山形県かな。冬は特に大変そうだな。あれもいいね、『セロ弾きのゴーシュ』も夏の香りがするよ。今日でいう綺麗な作画とは決していえないだろうけれど、あれはあれで味がある画で作られている。特に背景画が素敵だ。夕暮れのシーンがあったとおもうけれど、あれをもう一度みたいな。自分で見に行けばいいのか。あそこもイーハトーブだよね、あまりそういったイメージはないのだけれども。イーハトーブということは、岩手県か。農家を一生懸命にやって、セロを一生懸命に弾いていれば愉しいだろうな。ラムネはどうだい、いやカルピスか?というと、『火垂るの墓』が浮かんでくるようだね。日本の戦争はどうやらいつも夏に終わるらしい。あそこの舞台はどこだっけな、分からないや。あれは重すぎるから滅多に観られないからね。でも、夏の香りはやはりするよ。色かな、草や土の色かな。


  さいごの『火垂るの墓』の名前が記憶に湧いてきてからわかったのだが、『おもひでぽろぽろ』も『セロ弾きのゴーシュ』(1982年)もすべて今ではジブリで有名な高畑勲が監督・脚本を担当しているということ。偶然かな。でも、『となりのトトロ』だって充分土臭くて夏臭いのに、それよりも先にこの三つが挙がったのが今思うと意外だ。宮さんの作品はちょっとファンタジーに傾きすぎていて、高畑勲のほうが現実に比較的近いということもあるのだろうか。この人の新作も是非観たいものだが。


  「高畑勲が再編集した“幻”の『赤毛のアン』を劇場で公開」ということで、最近は『赤毛のアン』の再編集をしたらしいのだけれども、この流れでそろそろ新作を作ってもいいんじゃないかな。高畑功の作品をちゃんと観てみよう。『赤毛のアン』は結構よかったとおもうし。


高畑勲が再編集した“幻”の「赤毛のアン」を劇場で公開
http://www.yomiuri.co.jp/entertainment/ghibli/cnt_eventnews_20100511a.htm

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