sibafutukuri

音響系音楽、文学、アニメ、映画あるいはゲームの感想、攻略などについて書こうかなとおもっています。

『ポニョ』とか『古事記』とか

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本や資料を見返して書くのが面倒くさいので、すべて記憶に基づいて記す。

  『崖の上のポニョ』という映画を観ていて、楽しいかつまらないかで言えばつまらない。アニメを普段観ない人からすれば映像に凄みを覚え楽しめるのかもしれないが、私はあの映像にほとんど魅力をかんじなかった。

  ところで、『古事記』は以前にも確か序盤の一部だけを読んだことはあったのだけれども、改めて神代の時代が綴られているところだけでも読もうと思い、途中まで読んだところだ。それで、『ポニョ』の解釈として、オタクの楽しみ方(解釈方法)としては神話や昔話やメルヘンなどの民話とか、心理学に絡めてやる方法があるのだけれども、『古事記』を読もうと思ったのはやはりそれが大きな動機になっている。別に『古事記』が特別だとかではなくて、他の神話なんやらにも似たところがあるのだろうけど、私はこれを読んで気付いたのでこれに沿って書く。

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  まず、イザナキの命(男の神)とイザナミの命(女の神)とが島々(国々)や神々を産み出す。産んだ神の中に蛭子といって不具のものがいたのだけれども、成長しても立つことすらできなかったことから、神々の中には入れてもらえなくどこかに流されてしまう。なんとなく手塚治虫の『どろろ』とも似ているのだが、この蛭子は異質であり特異な存在として姉妹がたくさんいる中でのポニョに近い。しかし、蛭子が不具であるのに対してポニョはむしろ他の姉妹たちと比べて身体からしても発育していて、地上へ散歩に行くほどであり、対極となっていると思える。けれども、ポニョも結末としては親との縁を切ったようなもので、蛭子ももしかしたら流された先で人間に拾われたとかそんなような想像ができることから、類似性を見出してしまう。『どろろ』の場合、主人公は五体不満足というか、呪いによって頭と胴体だけしかない状態で産まれたことや憑かれていることから、皇族か貴族かの親に捨てられる。が、人間のおっさんに拾われることによって成長していく。

  また、(記憶があいまいだが)イザナキの命の身体から生まれた水神のスサノオの命は、もっとポニョに似た恐ろしさがある。イザナキの命の指示により、ある土地を治めるようにスサノオの命は言われたのだが、故郷が恋しくて恋しくてヒゲがぼうぼうに伸びるまでずっと泣きわめいていたという。しかも、故郷かどこかへ移動することになる際には水神の力によって周りの土地が荒れ狂う始末である。これはまさに、津波を従えて地球の気象を破壊させながら宗介を追いかけてくるあのポニョではないか。スサノオの命はヒゲが生えるくらいの歳ではあるのだろうけど、その幼稚性はポニョに優るとも劣らない。正直、スサノオの命に萌えた。やっていることは半端ないのだが。

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  という感じなのだが、『古事記』は読んでいて心から面白いと思える。『ポニョ』を楽しむためには、やはり無知の馬鹿になるか勉強して知識をつけるしかないと思える。宮さんが「子供のため」と言っていたのは、「無知の馬鹿になれ」でもあるし「無知の馬鹿になるな」でもあると思う。あの人はそういう矛盾を抱えながら生きていると思う。

  最近地上波で初放送された『崖の上のポニョ』だが、私はさすがに観飽きたのでその放送は観ていないが、某掲示板の実況をながめていて、皆の反応が面白かった。私は、作中のポニョというキャラクターも怖いし、『ポニョ』というアニメではないアニメが怖い。アニメへの挑戦、アニメの破壊という意味で怖い。

古事記 (上) 全訳注 (講談社学術文庫 207)

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