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『蟹工船』

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  本を読むには読んでいたが、専ら学術書か論文のようなものばかりを読んでいて、小説はここ一カ月くらい全く読んでいなかった気がする。何かが一区切りついたような気分になり、というかそういった書物に飽きてきて、久しぶりに文庫本の小説を手に取った。『蟹工船小林多喜二作。

  去年あたりに、マスコミからやたらと「カニコーセン」という呼称が聞こえてきていて、なんだか不気味なブームだなと訝しがっていた時期があった。もちろん、文学史などで小林多喜二プロレタリア文学のことは知っていたし「蟹工船」も知ってはいたのだが、俄にマスコミがその名前を喧伝し始めたものだから、初めはどうしても「蟹光線」としか思えなかった(同時に、「カニクリームコロッケ」という語も思い浮かぶ)。『ウルトラマン』を観て育ってきただけに。
  あの去年頃のブームというのは、労働に関することなのだろうけど、今でもあまり自分の中では明瞭ではない。どうしてブームに火種が付いたのか、などが不可解で仕方ない。
  それで、『蟹工船』を手に取り、まだ数十ページでしかないが読んでみた。
  読み始めて十ページも進まないうちに、武田泰淳の『ひかりごけ』という小説が思い浮かび、この二つの作品が頭の中で交錯していた。

  というのも、『ひかりごけ』において印象的であったモチーフが、『蟹工船』の始めの数十ページの間にあったからである。
  舞台は大雑把に言うと北海道の北の方や北方領土あたりからカムチャッカ半島辺りまで。地名に関して、「ソ連」、「ロシア」や「羅臼(ラウス)」、「シュムカルコタン」「カムサッカ」、といったアイヌ語やカタカナによるものが記されている。そこにアイヌの匂いや極寒の状況が頭に浮かんでくる。
  そして、『ひかりごけ』において「国家」や「天皇陛下」という語は重要な位置を占めていた。それが、『蟹工船』にも見受けられたということ。
  また、『蟹工船』が1929年の作品であり、『ひかりごけ』は1953頃の作品、というように多少時代は離れているが、それぞれのエクリチュールというのは、私からすれば似たように戦時・戦前・戦後の匂いを感じさせる。そういったエクリチュールは、久々に目の当たりにした近代小説として、故郷に帰ってきたかのような錯覚を与える。
  双方の作品が、『ひかりごけ』では実際の事件を、『蟹工船』では労働者問題をモチーフとしていたりと、ノンフィクションの要素が強いということもある。

  というように、この二つの作品には主観的であるかもしれないことも含めて、共通するところが多い。
  『蟹工船』がこれからどう展開していくかが楽しみになってきた。小説自体が久々ということもやはりあるが。

蟹工船・党生活者 (新潮文庫)

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