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わたしのしらないわたし

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  倉木麻衣の「わたしの、しらない、わたし。」という曲。テレビのKOSEのCMやラジオか有線かは分からないけど、やたらと耳にする。
  これのサビの部分の歌詞というのは聴いていると、ビッチや娼婦という印象しか浮かばないのだけど、どうだろうか。
  このCDのジャケットといいKOSEのCMといい、お世辞にも綺麗とは言えない顔面をドアップで何度も見てしまっているのが、いい加減苦痛になってきた。歌詞のふしだらな糞さ加減と、マッパで人ごみの中を歩き回っているような歌と曲でこちらが恥ずかしくなってくる。
  こういった音楽(笑)に金を出してしまう類の人というのは、キ印なのだろうなと本気で思う。
  J-POPというのは、曲自体の糞さ加減にも責任はもちろんあるのだけど、一番の害悪の根源となっているのはテレビや街頭で何度も繰り返し耳にする機会を作っていることにある。『時計仕掛けのオレンジ』にある、目を強制的に開かせて拷問させらるような気持ちで毎日を過ごしている。あの作品内でのそれはまさに洗脳であった。
  この国でもそれが平然と行われているのが現状だ。だから、倉木麻衣の「わたしの、しらない、わたし。」のような大ヒット曲にお布施をしている方々というのは、立派な愛国者であるし日本信者だろう。そんなシビリアン・コントロールに付き合っていられるわけがない。こちらが狂っているのかもしれない。それは否定できない。
  大きな問題は、彼らはそれを、洗脳を喜び勇んで受けていることを、自覚していないということだ。「カレー味のう○こ」を、しかも有料で一生涯食し続けているといことに無自覚ということだ。
  まァいい。「わたしを目覚めさせて」などと宣い、股を大開口させているような人物を媒介にして国家を狂信するのならば、私は「うん○味のカレー」を食し続けることを選ぶ。

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